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京都地方裁判所 昭和23年(行)22号 判決 1949年1月11日

原告

岸邊福雄

被告

久美濱町久美谷村學校組合

主文

被告は原告に對し金二萬三千七百五十三圓四十九錢及びこれに對する昭和二十三年八月七日以降完濟に至る迄年五分の割合による金員を支拂え。

原告のその餘の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを十分しその一を被告の負擔としその餘を原告の負擔とする。

本判決は原告勝訴の部分に限り假に執行することが出來る。

請求の趣旨

原告訴訟代理人は被告は原告に對し金十四萬七千三百八十圓九十九錢及びこれに對する昭和二十三年七月二十七日以降完濟に至る迄年五分の割合による金員を支拂え。訴訟費用は被告の負擔とするとの判決並びに假執行の宣言を求め。

事實

被告久美濱町久美谷村學校組合は學校敎育法による久美濱中學校建設のため、昭和二十三年四月十五日土地收用法による内閣總理大臣の事業認定を受け原告の所有に屬する。

(一) 京都府熊野郡久美濱町西濱三千百四十四番地畑五十七坪四合七勺、(現況畑)

(二) 同所同番地の一雜種地四十二坪(現況畑)

(三) 同所同番地畑(現況私有道路)六坪五合一勺及び

(四) 右土地の北西部に長さ九十九尺八寸に亘る鐵筋コンクリート造護岸工事

を收用するに當り、該土地に對する損失補償の額、右護岸工事の所有權の歸屬並びにその損失補償の額につき原告と協議調わなかつた結果、同法に基き京都府土地收用審査會の裁決を求めたところ、同審査會は昭和二十三年七月二十七日第一、(一)及び(二)、の土地についてはこれを畑地としその賃貸價格の四十八倍たる合計金四百四十圓六十四錢、(三)の土地については一坪金二百圓計金千三百二圓を以て土地收用による補償金額とし第二、(四)の護岸工事については官有地取扱規則により國の所有に歸屬するものであるとして、損失補償を爲すべき性質のものでないとし、第三前記(一)、(二)の土地について、收用により原告の通常受くべき損失額として離作料を算定するに當り該土地の一年間の見積蔬菜收獲高により金二萬五千六十圓六十一錢とし、以上第一、及び第三合計金二萬六千八百三圓二十五錢を以て原告に對する金補償金額と裁決し、且つ該土地の收用時期を昭和二十三年八月六日と定め右裁決書の膽本はその頃原告に送達せられた。併しながら右裁決は不當である。即ち

第一、右收用審査會は前述の如く本件(一)、(二)の土地についてはこれが農地であることを理由に農地調整法若しくは自作農創設特別措置法に定めた賃貸價格の四十八倍たる金四百四十圓六十四錢、(三)の土地については私有道路として一坪金二百圓計金千三百二圓を以て相當價格であると決定したのであるが農地の交換價格を以てその賃貸價格の四十八倍とすることは耕作者の地位の安定、農業生産力の增進のために農地を農地として賣買する場合にのみ妥當適用せらるべきで本件の場合の樣に、學校の建設敷地として收用するが如き場合は、適用せらるべきではない、本件(一)、(二)、(三)の土地は原告先代に於て大正八年頃前記(四)の護岸工事を施し海波の浸水を防ぎ(二)の土地はこれを地揚げして現在の樣な土地に作り成したものであり、地味肥沃、農地として最優良地であるのみならず景勝なる久美濱灣に臨み町役場に隣接し宅地としても好適であるから(一)、(二)、(三)の土地は何れも一坪四百圓合計四萬一千九百九十二圓を以て相當價格とするものであるから、右收用審査會の前記補償金額は失當である。第二、收用審査會は(四)、の護岸工事については、これを國有なりとし補償の限りに非ずと裁決したが、公用物たる不動産の所有權が國家にのみ歸屬すべき理由はなく、これに對する私人の所有を認めて何等妨げあるものではない。原告先代に於て築造せる右護岸工事が原告の所有に屬するや明らかである。

假りに護岸工事の如き公用物は、これを私人が築造せると否とに拘らず國家の所有に歸するものであるとしても原告は前述の如く右築造の當時から滿二十年以上平穩且つ公然に、その占有を繼續して來たものであるから時効によつてその所有權を取得している從つて、これが國有であることを前提とする右收用審査會の裁決は不當である。若し右護岸工事の所有權が國家に屬するが故に獨立して賣買の目的物とならず又補償の對象となり得ないとするならば、本件土地の交換價格は本件土地が、右護岸工事ある爲に始めて波浪の浸水を免れ、その利用價値を完うしている關係上、その護岸工事の時價に相當する金額だけ加算せられたものでなければならない。而して右裁決當時に於ける右護岸工事の時價は金三萬四千八百五十七圓であるから護岸工事收用に對する補償として若しくは本件土地の補償金に加算して該金額の補償が與えられなければならない。第三、右收用審査會は本件土地の一年間の蔬菜收獲高を金二萬五千六十圓六十錢と見積りこれを離作料とし右金額を以て原告に於て通常被るべき損害であると裁決したが、本件土地は豐饒肥沃にして且つ原告の住居と隣接する便利な位置にあり現下の如き農地逼迫せる事情のもとにあつては、これに匹敵する土地の入手は甚だ困難であるから、本件土地の收用に伴い原告の被るべき損失は該土地の見積蔬菜收獲高の三ケ年分に相當すると言わねばならない。而して一ケ年の平均見積蔬菜收獲高を金二萬四千五百二十七圓二十五錢とするときは合計金七萬三千五百八十一圓七十五錢は補償せらるべきである。

以上要するに原告に對する補償金額は合計十五萬四百三十圓七十五錢を以て相當とする。右收用審査會の前記裁決額は著しく低廉である。それにも拘らず被告はこの裁決にすら異議を止め原告に對し補償金として金三千四十九圓七十六錢を供託したに過ぎない。仍つて原告は前記相當補償額より右供託金を控除した殘金十四萬七千三百八十圓九十九錢並びにこれに對する裁決の日たる昭和二十三年七月二十七日以降完濟に至る迄年五分の割合による損害金の支拂いを求めるため本訴に及んだものであると陳述し、立證として甲第一、二號證を提出し證人若林なみ、松林政太郞、岡田俊雄の各證言(但し松林、岡田の各證言はその一部)原告本人訊問の結果、鑑定人川口嘉造の鑑定の結果、鑑定人井上長三の鑑定の結果の一部並びに檢證の結果を援用して乙號各證は何れもその成立を認めた。

被告訴訟代理人は原告の請求はこれを棄却する訴訟費用は原告の負擔とするとの判決を求め答辯として、原告主張事實中被告久美濱町久美谷村學校組合が原告主張の如く久美濱中學校建設のため土地收用法により内閣總理大臣の事業の認定を受け原告所有の本件土地、(但し護岸工事については所有權自體について爭いあり)を收用するに當りその補償額について原告と協議調わなかつたゝめ、同法に基き京都府收用審査會の裁決を求めたところ昭和二十三年七月二十七日原告主張の如き京都府土地收用審査會の決定を受けたこと並びに右裁決の膽本がその頃原告に到達したことはこれを認めるが本件土地の補償金額が、農地としての交換價格によるべきでないこと護岸工事が原告の所有にして獨立に補償する必要あること、本件土地收用に伴い原告が通常受くべき損失額が三ケ年分の見積蔬菜收獲高に相當すること、右土地及護岸工事の裁決當時の時價が原告主張の如き額であること及び收用審査會の損失補償額が、原告主張の如く低きに失することは何れもこれを否認する。と述べ、立證として乙第一、二號證を提出し證人松林政太郞、岡田俊雄の各證言、被告代表者本人訊問の結果、鑑定人川口嘉造、井上長三の各鑑定の結果を援用し、甲第一號證はその成立を認めるが甲第二號證は不知、尚甲第一號證はこれを利益に援用すると述べた。

理由

被告久美濱町久美谷村學校組合が久美濱中學校建設のため昭和二十三年四月十五日土地收用法による内閣總理大臣の事業の認定を受け原告所有に係る本件(一)(二)(三)の土地を收用するに當り、該土地に對する損失補償額並びに本件土地の護岸工事の所有權者、及びその補償額について、原告と協議調わなかつたゝめ、同法に基き京都府土地收用審査會の裁決を求めたところ右收用審査會は昭和二十三年七月二十七日原告主張の如き内容の裁決をなし、而して右裁決書の膽本がその頃原告に送達せられたことは當事者間に爭いがない。

仍つて第一に本件(一)(二)(三)の土地に對する損失補償額について考えて見る。收用當時の現況に於て本件(一)(二)の土地が畑地であること及び(三)の土地が私有道路であることは當事者間に爭いのないところであるが、土地收用に因る損失補償は收用時期に於けるその土地の位置、形状等に基きこれが利用方法その他諸般の状況により、定まるところの交換價格によるべきである。(大正七年(オ)第六九一號大正八年八月二十五日大審院民事部判決參照)もつとも農地の價格については農地調整法及び自作農創設特別措置法による嚴格な規制があり畑の賣買若しくは買收の場合に於ける價格は原則として賃貸價格の四十八倍を超えてはならぬことと定められている。併しながら農地に關する右兩法は耕作者の地位の安定農業生産力の維持發展乃至自作農の急速廣汎なる創設を圖ることを目的とするものであるから農地が農地として賣買され或は買收される場合に於てのみ右の價格規制は妥當適用せらるべきものであつて本件の如く學校建設敷地として收用する場合にはこの價格規制は及ばないものといわなければならない。而して證人若林なみ岡田俊雄の各證言、鑑定人井上長三の鑑定の結果の一部、檢證の結果を綜合すれば本件(一)(二)の土地は風光明媚な久美濱灣に臨み久美濱町役場に隣接し國鐵宮津線久美濱驛の北方約三町餘同町の略中央に位し、眺望絶佳、四圍閑靜の土地であり附近一帶は通稱濱屋敷と呼ばれ住宅地として好適な性質を具有するものと認めることができるから右(一)(二)の土地は現況農地ではあるが宅地相當の交換價格を有するものと解するのを相當とする又(三)の土地は前掲各證據によれば南端にコンクリート造の排水溝を持ち東西に走る私有道路の一部を爲し、而してその私有道路の兩側は概ね畑若しくは休閑地であるが諸々に人家若しくは工場が、これに通路を求めており道路として存續する公算が大きいことを認めることができるから(三)の土地は現況通り私有道路としての交換價格を有するものと認めるのを相當とする。

然らば宅地としての交換價格如何というに鑑定人川口嘉造の鑑定の結果(鑑定書は簡略に過ぎ而も本件(一)(二)の土地と(三)の私有道路とを區別していないけれども、(一)(二)の部分はその面積九十八坪四合七勺あるに對し(三)の部分はその面積六坪五合一勺にして、(一)(二)に對して占める割合の僅少なるものであるから同鑑定人の鑑定に係る土地の價格は專ら、(一)(二)の部分についての價格と解する)によれば昭和二十三年七月二十七日裁決當時の一坪の價格は金二百五十圓((四)の護岸工事が構築せられていないと假定した場合には金百八十圓)であること及びその後地價に變動がないものであることを認めることが出來るから昭和二十三年八月六日の收用當時に於ける本件(一)(二)の土地の交換價格は金二萬四千六百十七圓五十錢と認定するを穩當とする。

次に私有道路の交換價格について考えて見るに證人若林なみ、松林政太郞の各證言によれば、本件私有道路の延長たる一部分が昭和二十三年五、六月頃一坪金二百圓で賣買せられた事實を認め得るから本件(三)の土地の交換價格は一坪金二百圓計金千三百二圓と認定するを相當とする。原告は右各土地の相當價格は一坪金四百圓であると主張するがこれを認めるに足る證據はない。

原告は(四)の護岸工事について、所有權を主張し、時價に於て補償せらるべき旨主張し假りに所有權なく、獨立して賣買の目的物とならないとするならば、これあるが爲本件土地がその利用價値を完うしているものであるから本件土地の價格は右護岸工事の時價に相當する額が加算せられたものでなければならないと主張するが、檢證の結果、證人松林政太郞の證言、原告本人訊問の結果によれば、(四)の護岸工事がなければ本件土地の一部は漸次崩壞して土地として形成せられず、又本件土地の大半は海波に洗われ水害を蒙ることなきを保し難い状況にあることが明かである。元來護岸揚土等をして形成せられた土地の交換價格はその形成地の利用價値その他諸般の状況により定まるべきものであり、護岸により利用價値の增大した海邊の土地の交換價格はそれに應じて增大するものというべきである。即ちかくの如き護岸揚土等の投下資本は土地に化體して存するもので、土地を離れて別個獨立の財産たるものではないのである。而して前記本件土地の交換價格が護岸工事の築造せられあることを織込んだ上の價格である以上、これ以外に補償せらるべき何物もない筋合であり、本件護岸工事の所有權が何人に屬するかと云うことは本件補償金額に何等關係するものではない。

第二、原告は本件土地收用により通常被るべき損失額は本件土地の見積蔬菜收獲高の三年分に相當すると主張するが、土地收用法第五十四條に所謂通常受くべき損失とは土地收用に伴い直接生ずる損害をいうものであつて、これを畑についていえば、收用によつて收獲出來なくなつた作付物の見積收獲高がこれに當り、將來右畑について得んとする期待利益の喪失若しくは右畑が住居に隣接する爲、その耕作施肥收獲等につき便利を有し、又は右收用地に匹敵する土地の入手が困難であるが如き事情による損失は特別の事情に基く損失であつて、その補償は請求し得ないものである。證人松林政太郞の證言及び原告本人訊問及び原告本人訊問の結果によれば本件收用期日前に該土地にある蔬菜は全部原告に於て收獲した事を認め得るから此の點については原告には何等損失なきものと言わなければならない。

而して土地收用法は被收用者が收用に困り被つた全部の損失を補償することを、期するものであつて收用から生ずる損害の補償は包括的にその範圍を定むべきものであるから假令裁決書に各個の項目について各別にその補償金額を裁決してあつても全體としての補償額が妥當である場合は、これを變更する必要を見ず裁判所は土地收用法の規定に則り因果關係と損害の範圍を包括して補償金額を確定する全權を有する(大正七年(オ)第八九六號大正九年七月二十三日大審院民事聯合部判決參照)この見地から前段認定に係る損失補償額計金二萬五千九百十九圓五十錢(畑地の部分については一坪金二百五十圓私有道路の部分については一坪金二百圓の割)と京都府土地收用審査會の裁決額二萬六千八百三圓二十五錢とを比照すると、右裁決額は結局收用時期に於ける收用土地の相當額を超えるものであるのに被告から右裁決に不服申立をしていない本件にあつては結局右裁決額は正當と言わなければならない。なお右補償金額中金三千四十九圓七十六錢はこれを供託したが、殘額金二萬三千七百五十三圓四十九錢は未だこれを支拂つていないことは被告に於て明らかに爭わないから、これを自白したものと看做す。

果して然らば被告は原告に對し金二萬三千七百五十三圓四十九錢及びこれに對する收用期日の翌日である昭和二十三年八月七日以降完濟に至る迄年五分の割合による損害金を支拂うべき義務あるものであるから、原告の請求はこの範圍に於て正當として認容し右を超過する部分は失當として棄却することとし、訴訟費用の負擔につき民事訴訟法第八十九條第九十二條本文、假執行の宣言につき同法第百九十六條を各適用して主文の通り判決する。

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